雪の菅浦集落

「日本三大秘境」 なんて呼ばれる滋賀ですが (苦笑) その滋賀の三大秘境といえば 在原 君ケ畑、 そしてこの菅浦集落でしょうか。

びわ湖のいちばん北に突き出た葛籠尾崎 (つづらおざき) という名の半島の内懐に、ひっそりとたたずむ90軒ほどの集落は、その交通の便の悪さから 「陸の孤島」 と呼ばれていたといいます。 

昭和46年に奥琵琶湖パークウェイが開通し、周辺道路が整備されるまで、交通手段を舟に頼っていた といいますが、その道路もこの集落で行き止まり。 桜の名所として名高い湖岸の海津大崎を通り抜けた車も、道に迷いでもしない限りここへはやって来ないでしょう・・・。

比較的近年まで、外部の人間と交流の少ない排他的な集落だったといわれるのは、こういった地理的な環境だけによるものではありません・・・。

古代より湖上交通の要津として栄えた菅浦は、平安時代以前より、天皇に穀物以外の食料を献上する 「贄人」 (にえびと) の小集団がこの地に住み漁業と舟運を営んだことにはじまるといわれます。 鎌倉期には朝廷の御厨子所・内蔵寮に属する 「供御人」 として認められ、竹生島・山門の支配を受けていたこともあり、全国的にみても早い時期から 「惣」 (そう) と呼ばれる独自の自治が行われていました。 自由な行動が保証されたその特権は、周辺との間で軋轢を生み、係争も絶えなかったともいわれます。 

その訴訟の一部は膨大な 「菅浦文書」 (重要文化財) のなかにも記されているそうです。 「排他的」 といわれた特性には、そいうった歴史的背景があったのかもしれません。

菅浦を、ほかの集落から孤絶させていた理由がもうひとつあります。 

在原に在原業平君ケ畑に惟喬親王の伝承があるように、菅浦には淳仁天皇の伝説が残っています。 

その伝説によると、藤原仲麻呂 (恵美押勝) の乱のあと、淳仁天皇が幽閉されたのは淡路島ではなく、この菅浦だった といいます。
 
          「菅浦の住人は淳仁天皇に仕えた人々の子孫と信じており、
               その誇りと警戒心が、他人をよせつけなかったのである」


白州正子は 『かくれ里』  のなかで、そう記しています。
淳仁天皇+藤原仲麻呂 VS 孝謙天皇+弓削道鏡 の平城京ドラマは 「咲く花の匂うがごとく」 と詠われた美辞とは裏腹にドロドロとしたキナ臭いものですね。 

讒言毒殺 (?)、廃皇太子大量処刑・・・権謀術数の渦巻く時代です。

淳仁天皇も やがて廃帝とされますが 「淳仁天皇」 という諡号自体も、明治になってから壬申の乱に敗れた弘文天皇 (大友皇子) らとともにつけられたもので、古文書なんかでは 「淡路廃帝」 という なんとも無残な名で呼ばれることが多いですね。

天武天皇の孫でありながら、父 (舎人親王) を早くに亡くし後ろ盾のなかった天皇は、、藤原仲麻呂の強力なバックアップで立太子・・・孝謙天皇から譲位を受けけ践祚します。 しかし、実権は仲麻呂とその後見人である光明皇后が握るという傀儡にすぎなかったともいわれます。 

さらに、近江の行幸先である保良宮で天皇が孝謙上皇道鏡との関係について諫言したことをきっかけに関係が悪化。 孝謙上皇側が再び権力を掌握しようとする動きは 「仲麻呂の乱」 にまで発展し、この戦いに勝利した孝謙上皇は、淳仁天皇を廃位に追い込み、親王の待遇をもって淡路国へ幽閉します。 

天皇はそこで33歳という若さで薨去。 天皇の復帰をはかる勢力もあり、これを封じるために殺害されたともいわれます。 葬礼が行われたことを示す記録さえないという、痛ましい最期ですね・・・。
・・・と、ここまでが教科書的な概観ですが、菅浦の伝説はいったいどこから生まれてきたのでしょうか ・・・? 

たんなる迷信としてしまうのは簡単ですが、こんな大きな話が唐突に生まれるはずはなく、伝説には、やはり何らかの歴史的事実が潜んでいるものだと思います。
集落の入り口に、須賀神社があり、淳仁天皇が祀られています。 
もとは保良神社 (保良宮!) と呼ばれていたそうですが、明治42年に小林神社 (祭神・大山咋神) 赤崎神社 (祭神・大山祗命) を合祠し改称されました。 拝殿の裏には、淳仁天皇の 「舟型御陵」 といわれる塚が残っています。

白州正子は 仲麻呂の乱 に敗れた天皇側の人々がここに移り住んだのではないか・・・と推察しています。 
彼らは孝謙天皇側に拘禁されていた淳仁天皇のかわりに 塩焼王 (新田部親王の子で、の淳仁天皇従兄弟) を奉じており、その子、志計志麻呂は、王が近江高島の砂洲で斬殺されたとき、助けられたといいます。 須賀神社の 「御陵」 に葬られるているのは、塩焼王か志計志麻呂ではないか・・・と。
  
なるほど、そう考えると、史実との辻褄も合いますし、菅浦の人々の淳仁天皇への信仰の強さも心理的に理解できますね。 無念の死を遂げた天皇と王、あるいは王子が、いつのまにか混同された・・・というより、王の向こうに政略に翻弄され憤死した天皇が透視されていった・・・と考えるのはどうでしょうか・・・。

須賀神社では、淳仁天皇の没後、50年ごとに 「淳仁天皇祭」 が奉仕されているそうです。 
前回は昭和38年 (1963年) に斎行されたといいますから 次回は2013年・・・つまり来年ですね! 
集落の東西入り口には 四足門 (しそくもん) と呼ばれる茅葺きの門が建っています。 明治維新まで四方の入口にあったことからそう呼ばれる門は、村の出入りを厳しくチェックするためのものだったといわれます。 この門から内側は、中世に組織されていたの掟が支配していたのですね。

もちろん、現在は日本国の法律の下にありますが^-^ いったんこの門の 「向こう側」 へ足を踏み入れると、どこか見知らぬ国に来たかのような、不思議な感覚に囚われるのも確かです・・・。


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Commented by da-go at 2012-01-29 17:45
こんにちは!!
とっても素敵な集落ですね。
しかも、雪がこんなにも映っているなんて、素敵♪♪
写真を見てたら、このような素敵な景色を一度でもいいから見てみたいな、なんて思っちゃいました。
dendroubikさんって、本当に素敵な場所、たくさん知っているんですね☆彡
Commented by dendoroubik at 2012-01-29 19:40
☆Daigoさん

雪のない土地に生まれ育った人は 雪が積もるとテンションがあがってしまいますね!
神奈川では これほど積もるということ あまりないんでしょうね
自分も 雪のないところで生まれたので 降りだすと・・・
「もっと降れ~ もっと降れ~」
と 思わず願ってしまいます^-^

この日 滋賀も南部は晴れていたのですが
北部はごらんの通りの雪景色
このあたりから 「日本海気候」 に分類されるみたいです

Commented by nochi423 at 2012-01-30 13:36
『秘境』『贄人』なんだかウットリする言葉ですね。
生け贄の事かと思ってたら、違うようでした。。

一枚目みたいな素敵な雪降りシーンを撮りたくて、雪の中兼六園散策に行ってきましたが
満足いく写真は一枚も撮れず!!失神しそう。

今週もドッサリ降るらしいので再挑戦してきます。
Commented by dendoroubik at 2012-01-30 15:58
☆ノチさん

傘をさしながら片手で撮った いいかげんな写真です(;´Д`)

雪の金沢!
これはもう 時間がある限り撮りまくりたい魅力的な被写体ですね
カゼ引きと転倒にお気をつけて撮影してください^-^
(UPされるのを 愉しみにしています!)

秘境・・・といっても 車でスッと行けてしまうとこなんですけどね^-^
Commented by polepole-yururin at 2012-02-01 21:21
こんばんは・・・鎌倉さんのブログからこちらに来ました。
滋賀・・私も滋賀出身です。
この菅浦は温泉はいりに行きます。
今はこんなに雪が降っているのですね。
いいですね湖北の景色・・・。
Commented by dendoroubik at 2012-02-02 04:56
☆ゆるりんさん

はじめまして! 

雪の菅浦を見たくて出かけたのですが
大浦から先のパークウエイは除雪が充分でなく 
けっこう スリリングなドライブでした(;´Д`)
展望露天風呂から雪見・・・なんていいんでしょうけど
これでは観光客も寄りつきにくいですね^-^;

コメントいただきましてありがとうございます!
また ゆるりんさんのとことへも ゆっくり立ち寄らせていただきます^-^
Commented by toco-luglio at 2012-02-04 02:04
こんばんは、お久しぶりです~
↑あ、ゆるりんさんも~!!!
この写真と、記事、すばらしいですよね。
実は、一昨年、初夏でしたけれど、マキノから賤が岳に向かう途中、菅浦に立ち寄りました。
旅行に出かける前に、白洲さんの本を読んでいたので、気になっていたのです。
その時も、「しん」とした感じがして、まさに「隠れ里」だ…と思ったものでしたが…
雪景色はさらにその趣を深めてくれますね。
湖北は、古墳も多くて、「どきどき感」をそそられます~
ところで、今年は滋賀も本当に降雪量が多いですね。
昨日、ニュースで彦根のインターチェンジの様子を見て、ビックリ!!!
大津は大丈夫ですか?
Commented by dendoroubik at 2012-02-04 15:11
☆tocoさん

ありがとうございます!
ウソでもそういっていただくと 雪道をスリップしながら行った甲斐があったというものです^-^;

彦根から北は大雪でたいへんみたいですが こちらは正月以来 まったくです
びわ湖の北と南では空の色が くっきりとわかれているのがわかりますね

先日 あるブログ記事でこんなことを読み なるほど!と思ったのですがご存知でしょうか・・・
http://blogs.dion.ne.jp/gagaku/archives/10107453.html
京の表鬼門に比叡山延暦寺 裏鬼門に岩清水八幡宮が置かれた話は有名ですが
そのラインを延長すると 裏鬼門の先には 南あわじ市の淳仁天皇の淡路陵
表鬼門の先には菅浦の伝・淳仁天皇陵がある・・・というものです
偶然・・・にしては あまりにもピッタリしすぎるのできっと因縁があると考えた方が自然かな・・・と

湖北・・・神秘的な土地ですね
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