能登15 時国家

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輪島市街から車で20km足らず、
岩倉山の麓に上時国家(本家)と
300mほど離れて、この下時国家(分家)が建っています。

江戸中期に建てられた民家建築で、
国の重要文化財に指定されています。




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40坪ほどありそうな大きな土間。

囲炉裏には火がかかっていました。

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時国家は、壇ノ浦の戦いで敗れた
平家一門・平大納言時忠の末裔といわれます。

時忠といえば「平家にあらずんば人にあらず」
と奢りたかぶったセリフを吐いたという武将ですね。

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姉の時子は平清盛の妻。
妹の滋子(建春門院)は後白河天皇の后で、高倉天皇の母。

高倉天皇は、時子と清盛の子・徳子(建礼門院)
とのあいだに安徳天皇をもうけます。

権勢並ぶなき・・・ですね。

壇ノ浦の戦いで平家一門が
海の藻屑と消え去ったとき、平清盛亡き後、
平家一族の実質上の頭領だった
時忠は生きて捕らえられ、奥能登・珠洲へ配流。

時忠の子・時国が平家の名を捨て、
この地へ移り住んだのが時国家のはじまりといわれます。

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時忠は捕らえられ助命のために、
三種神器のうち・神鏡と、
娘・蕨姫を義経に献じます。

それを聞いた鎌倉の源頼朝は
今後一切義経の命令に従うべからず
・・・と密命を畿内の御家人達に送ります。

義経の悲劇のはじまりですね。

真偽のほどはともかく、
能登にもところどころに義経伝説が残っているのは
蕨姫との関係に拠るところが大きいのでしょうか。

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小学生のころ、母親が『義経記』
(もちろん子供用にリライトしたやつです)
買ってきて読まされました。

そのためか、いまでも歴史上の人物で
義経にいちばん親しみを感じます。

しかし、歴史好きでも古典好きでもない母親が
なぜ『義経記』だったのか・・・いまでも謎です。
(そのころはタッキーのドラマも、もちろんやってなかったしなぁ・・・)

生きてるうちに聞いとけばよかった・・・

PS.ロッキード裁判の時国裁判長は、この時国家の出身です。
元首相に有罪判決を出し、そのため(?)
のちに左遷された高潔な方・・・というイメージがありますね。
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Commented by yume at 2010-06-16 22:42 x
「輪島市街から車で20km足らず」
駅からは遠いのでしょうか?

18歳の春、金沢駅到着が早朝3時位で、駅で暫く過ごしたあと始発に乗ったのだと思いますが、輪島で下車して「下時国家 上時国家」に行きました。 能登旅行の最初の訪問地でした。
今のように、古いものに興味があるわけでもなかったのに 何故? 交通機関は何を使って行ったのか? 思い出せずにいます。


 あの頃はまだディズニーランドなどなかったような気がします。
「与論に行く」と言うのが友達の間では流行ってましたねぇ。
 あの頃から、渋い趣味だったのか。。私の独断で四国だ。。能登だと。。一人で計画を立てて友達と一緒に行ってました。
決して 「仕切り屋」ではなかったのですが 旅に関しては自分の意思が強かったのかもしれません。
Commented by dendoroubik at 2010-06-17 23:05
☆yumeさん

むかしの能登の路線図をみても このあたりには鉄道がきてませんから おそらく輪島からバスかなにかで行かれたんでしょうか・・・
なつかしい風景がつづくわりには 案外 古い建築物の少ない能登ですから むかしからやはりここは押えどこやったんでしょうね・・・といいながら 今回 上時国家には時間の関係で立ち寄れなかったのですが^^;

大津からだと 金沢や中国地方だってじゅうぶん「遠く」なのに あえてその先の能登や四国をチョイスされるというのは やはり冒険心のあらわれじゃないでしょうか・・・?
それは いまのyumeさんにも生きていますね

自分は学生のころ あまり旅行にも行かず  京都から出たことも数えるほどしかありませんでしたが ある夏 急に思い立って ユーレイルパスを買って1ケ月間 ヨーロッパをホーローしたことがあります

いまも あまり滋賀から出ませんが 見知らぬ場所へ出かけたい衝動に駆られることはしばしばあります^^
by dendoroubik | 2010-06-16 06:09 | ◇能登半島一周記 | Trackback | Comments(2)