比良八講1 大津篇

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滋賀県には

  「比良八講 荒れじまい」

という言葉があります。

3月の終わり頃、比良山系・山頂付近と琵琶湖との温度差から、
湖面に突風が吹き降りることがしばしばあります。
この季節風のことを「比良八荒」といいます。

「琵琶湖哀歌」のもとになった旧四校(金沢大学)の
ボート部の学生11人が遭難した転覆事故(4月6日)も、
この季節風が原因といわれています。

3月26日「比良八講」の法要が営まれる頃が
この季節風のピークで、その後、湖国にも春が訪れるとされています。




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午前9時前、大津市長等・本福寺を出発します。

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山伏、尺八衆、僧侶・・・

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稚児娘が練り歩きます。

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商店街を抜け・・・

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路面電車の通る大通りを、琵琶湖へ向かいます。

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平安時代、比叡山の「法華八講」と、
比良山の古代からの神々の信仰が習合した
「比良明神」「比良権現」への祈りと法要が、
「比良八講」の起源といわれます。
しかし、織田信長の比叡山焼き討後、衰退。

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復興されたのは、意外に遅く、
明治時代に入ってから(箱崎文応大僧正)。

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30分ほどで、大津港に到着。

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ミシガン横で法要が営まれます。

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東大寺二月堂での修二会に対して、
比良八講は修三会と呼ばれます。

比良山系打見山で取水された水を、
ビアンカから琵琶湖の湖面に注いで、
物故者の供養や湖上の安全を祈願します。

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稚児娘の持っているぼんぼりには、こんないわれがあります。

昔、ある若い法華八講の修行僧(「八荒」という相撲取りとも)が、
琵琶湖の東岸へ托鉢に出かけた折、急病でで倒れ・・・
手厚く看護した在家の娘が彼に恋してしまいます。

娘は自分の恋心をうち明けますが、彼は修行の身。

「対岸の比良まで百日間通い続けることができたら、夫婦になりましょう」

と無理なお題を出して、言い逃れします。

ところが娘は、その日から毎晩、比良の燈火を目指して
「たらい船」で通い続け、いよいよ満願の百日目の夜、
折から吹いてきた比良おろし(比良八荒)で燈火は吹き消され
(修行僧が吹き消したとも)迷った娘は湖に没してしまいます。

この娘の無念を湖上法要で慰め、
ぼんぼりを持った稚児娘が近江舞子に改めて上陸することで、
満願成就してもらうという意味が思いが込められているそうです。

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つぎつぎに乗船します。

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出航です。

さすがに、いつものような風船はあがりません^^

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どこか、デルヴォーのような風景(・・・のつもり^^;)

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近江舞子へ向かいます。
by dendoroubik | 2010-03-26 22:00 | ◆近江の祭 大津 | Trackback | Comments(0)
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